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PARTY中村洋基さん「”面白そう”で始めたら、気付けば6つの肩書に」

企業の広告やインタラクティブな作品など、さまざまなコンテンツを生み出す「PARTY」のクリエイティブ・ディレクターの中村洋基さん。ピコ太郎のリアルタイムARライブ「PPAP@YTFF」「バレンタインポスト」「paymo Table Trick」など、あらゆる作品を世に送り出す一方で、現在はコーヒーショップオーナーや、ベンチャー企業の社外取締役、ラジオパーソナリティなど、複数の肩書をもっています。一体、どうしてこうしたキャリアを築くことになったのか、今の働き方についてどう考えているのか、中村さんに話を聞きました。

「お金はあとからついてくる」と、「面白そう」を起点に動き出す

――現在、PARTYを軸として、そのほかにどのような活動をされているのでしょうか? また、それぞれの活動の割合も教えてください。

「VALU」という、誰でも株式会社のように上場できるサービスのコアメンバー、コーヒーショップ「TINTO COFFEE」オーナー、予防医療普及協会理事、株式会社FIREBUG取締役、それから電通デジタルの社外顧問を務めています。あとはTOKYO FM「澤本・権八のすぐに終わりますから。」に毎週ゲストパーソナリティとして出演しており、放送回数は150回を超えました。

本拠地はPARTYです。割合でいえば9割がPARTY、あとはそのほかの活動で、月に1~2度、定例会などに顔を出すことが多いです。

――PARTY以外で別の仕事を始めよう、と思うようになったきっかけを教えてください。

PARTY以外の活動は、すべて2016年以降にスタートしています。2011年にPARTYを設立して数年は目の前のことに取り組むのが精いっぱいだったのですが、もともと前職の電通から独立したときに、これからは広告だけでなく、さまざまなビジネスに挑戦してみたいという気持ちがありました。

まったく違う業界に足を踏み入れて自分への投資を行うことによって、いずれそれが掛け算になるかもしれない。「お金はあとからついてくる」という考え方で、あれこれ選ばずに、興味を持ったことには積極的に参加していった結果、気づいたら今の状態になっていたという感じですね。

活動は多岐にわたりますが「TINTO COFFEE」以外は、すべてPARTYを通じて派生した仕事です。僕はブランディング、プロモーション、特にネットを使った仕組みでは、ほかの人には負けないプロだという立ち位置があります。「こんなことできたら面白そうじゃない」「じゃあ一緒にやってみようよ」という盛り上がりと、自分の守備範囲が合致すると、自然と役職のカタチになるんじゃないかな、と思ってます。

広告業界で、最近若い子に多いのが「コミュニケーションプランナー」という役職。「ジャンルを問わずコミュニケーションを考える役職」という意味ですが、もったいないなあと思ってて。総花的すぎて、自分の活動を広げるために必要なプロフェッショナリズムが備わらないように感じています。

職種が全然違っていても、軸は共通している

――「TINTO COFFEE」は、中村さんのお仕事のなかでほかとは性質が違うように感じます。本業であるPARTYにはなかった発見はあったのでしょうか。

「TINTO COFFEE」は、それほどコーヒーが好きだったわけではない僕が、ヘビーなコーヒー好きのバリスタ2名に出会ったことがきっかけで、お店が誕生しました。

背景として、僕の実家が栃木のとんかつ屋で、昔から客商売になじみがあったので、「飲食業をやってみたい」という気持ちがあったことも大きかったと思います。

僕が携わっている広告業界は、広告メッセージによって、100万人、1億人を振り返らせる仕事ですが、同時に「本当に人々は振り返っているのか」という、実態が一見してわかりにくい世界でもあります。

一方で「TINTO COFFEE」でのお客さまの反応はとてもわかりやすいんです。お店では、バリスタがコーヒーの淹れ方や豆、マシンの操作をすべてお客様の目の前で行って、コーヒーを提供するプレゼンテーションスタイルをとっており、「コーヒーって、知ればもっとおいしいんだな」という発見があって、喜んでもらえる。飲食業、接客業は反応がダイレクトに見えるので、それがとても新鮮に感じました。

――もう一つ異色なのが、予防医療普及協会の理事ですよね。

予防医療普及協会は、2016年3月に、ホリエモンこと堀江貴文さんや十数人の医師・各業界のメンバーが発起人となって立ち上げました。「ピ」のプロジェクトでは「胃がんの99%はピロリ菌が原因」であることを認知啓蒙して、ピロリ菌の除菌の普及を進めています。知って予防するだけで、誰でも致命的な病気を避けることができるんです。

「プ」という、大腸がんの予防プロジェクトもやっています。大腸がんは近年増加し、2015年には男女第1位の罹患数です。これも予防できて、便潜血検査、要するにうんちを毎年きちんとチェックすれば、高い確率で治癒できるのです。

どちらも普段できるようなことですが、知っているか否かで人生が変わるかもしれない、価値ある情報です。広告の力で人々の寿命を延ばすことができる、大事な仕事だと思って関わらせていただいています。

――では逆に、パラレルキャリアを実践するなかで、分野は違っても共通していると感じたことはありますか?

僕の仕事はすべて、人と人とのコミュニケーションに関係のあるものです。それが得意分野なので。というより、それ以外はできないです(笑)。PARTYは、映像やアート、技術力で「見たことのない体験を生み出す」ことに特化した会社ですが、僕はコミュニティを作るのが好きです。人々のコミュニケーションの間に一つルールが足されるだけで、ゲームになってしまう。「VALU」もそうですが、そういう仕組みづくりが得意です。

「TINTO COFFEE」やラジオパーソナリティと、カタチは違っても、人と人のコミュニケーションを介してモノを作り出す仕事。職種や肩書が変わっても、「コミュニケーション」をキーワードにしている点は、ぶれずに共通していると考えています。

やるべきことは始めと終わりの時間を決め、固定スケジュール化

――スケジュール表を見せていただくと、ものすごく忙しそうですが……。パラレルキャリアを実践するにあたって、時間配分はどう意識していますか?

そうですね(笑) 。昔、忙しすぎて体調を崩したことがあるので、「これ以上やるとまずいな」という一線をギリギリ超えないラインを心がけています。

職種にもよると思いますが、モノを作る仕事は、やろうと思えばいくらでも時間をかけられるので、ある意味終わりがないんですよね。デザイナーやプログラマーだとこのスケジュールは無理です。このスケジュールでやろうとすると、もうそういった業務は放棄しています。なんとなく手をつけるのではなく、やるべきことはスケジュールに入れて、始めと終わりの時間をしっかり決めておく。これが大切です。また、打ち合わせ内でタスクを残さない。メールは来た瞬間に返す……。できてないこともありますけどね(笑)。

多忙すぎてストレスを抱えてしまう人は、仕事にかかる時間が未知数であることが多いです。人は「この仕事が終わっても、また延々と続くのか……」というふうに、「忙しい今」ではなく「忙しさがつづきそうな未来」に対して、鬱になるのだと思います。自分で手を動かす作業の時間をコントロールして、抱え込みすぎないように意識する。

あと、スーパーサイヤ人の「超回復」のように、少しだけ限界を超えた忙しさを経験すると、少しずつ限界を突破できるようになるかなと思います。

――パラレルキャリアの実践において、課題があれば教えてください。

課題だらけです(笑)。先の時間配分の話につながってくるのですが、課題というよりは「もっと一つのことに時間をかけたい」という欲にかられることが多々ありますね。僕は昔から頭の切り替えは早いほうだけれど、それでももう少しじっくりやりたいと思う仕事がたくさんあります。

ただ、好きなことに好きなだけ没頭するのは、45歳くらいからでいいかな、と自分の中で決めています。今はあらゆる仕事が楽しくて仕方がない状態です。

寿命100歳時代に向かって……複数の仕事は当たり前になる

――中村さんのように、本業を持ちながら第2のキャリアを築くことをパラレルキャリアといいますが、どんな人に向いていると思いますか?

うーん、「何にでも好奇心をもつ人」でしょうか。仕事でなくても、趣味でも遊びでもいいんですよ。たとえば「コンビニスイーツの食べ比べ」でもいいので、いろいろなことに興味を持って、何でもとりあえずやってみる、という人はパラレルキャリアにとても向いていると思います。趣味でも仕事でも、意識しないと始まらないし「やりたいけど難しいかな」と思っているうちは行動できませんから。まず手をつけてみる、というのは大切なことだと思います。

――パラレルキャリアの働き方は今後、どのように広がっていくと思われますか?

現在の日本企業の多くが、就労規則で副業を禁止しています。副業を全面的に認めることで、エスカレートして仕事中に副業をする社員が増えるなど、モラルが失われるという理由が大きいのだと思います。そこの線引きが難しいのは、僕も経営者のはしくれとして理解できます。

ただ、今20歳くらいの若者たちの寿命は100歳まで延びるといわれています。そうなると、今のように60歳で定年退職する時代ではなくなりますよね。

これからは、60歳以降も働けるように、一つの企業で正社員として働くだけでなく、自分に投資をして、スキルを磨き、自分の得意技を増やし、働く場所が多様化していくことが当たり前になる時代がやってくると僕は考えています。その流れで、条件付きや一部枠での副業を認める企業も増えていくのではないでしょうか。

PARTYは、それぞれ得意分野をもったプロ集団です。それぞれが得意領域を糧として、新たな仕事をし、キャリアを築けるようにしたい。そのため、副業もできる契約形態があります。また、すでにフリーで活動している人が、その屋号や法人を失わず、PARTYとしても仕事をする、というやり方もできるようにしています。今この業態がどんどん伸びていますね。

――中村さんは、パラレルキャリアを含め今後どのような働き方を思い描いていますか?

今、自分の中で一番ホットなのは、自らもコアメンバーの一人として手がけているサービス「VALU」です。個人が株式会社のように価値を取引できる、というのは、世界的にも今までなかった、破壊的サービスです。破壊的ゆえに、運営はとても慎重に行っています。その延長線上で、また人との新しい出会いや面白いことを見つけて、新しい仕事につながっていくこともあるのではないかと考えています。

(北東由宇+ノオト)

  • 中村洋基さん

    取材協力者:中村洋基さん

    1979年、栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、株式会社電通入社、テクニカルディレクターとして活躍。2011年に独立し4人のメンバーとともに「PARTY」を設立し、 クリエイティブ・ディレクター/ファウンダーに就任。

  • ライター:北東由宇

    フリーライター・編集者。トラベル・生活・企業系が得意分野。日常生活に潜むちょっとした疑問や悩みに焦点をあてた記事作りで解決を目指す。

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