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美容部員から保育士、そして人気餃子店の二代目へ 「歓迎」代表・山崎美紀さんの軽やかなパラキャリ道

パリッと香ばしい“羽つき餃子”発祥の地といわれる東京・蒲田。多くの餃子店がひしめくこの街で、30代の女性が代表を務める人気店があります。山崎美紀さんは、現役の幼稚園教諭にして、創業30年超の歴史を誇る「歓迎(ホアンヨン)」代表という異色なダブルキャリアの持ち主。さまざまな業界に軽やかに飛び込み、カラフルな経験を積んできた山崎さんが、今の働き方に行き着くまでの歩みについて、お話をうかがいました。

後継ぎなんて私には無関係だと思っていた

――まずは山崎さんの現在のお仕事について教えてください。

インターナショナルスクール系列の幼稚園に保育士として勤務しています。週2~3日、午前中の一番忙しい時間帯から午後のお昼寝くらいまでですね。園内での子どもたちとのコミュニケーションはすべて英語で行っています。それと並行してホアンヨンの代表として事務をやったり、本店の店頭に出て接客をしたりしています。

ホアンヨンは私の両親が創業した店ですが、羽つき餃子という大きなカテゴリーで見ると、八木功という私の母の兄、つまり私の大叔父にあたる方が元祖なんですね。蒲田の“餃子御三家”こと「你好(ニーハオ)」「金春(コンパル)」「ホアンヨン」の3軒はいずれも八木家の親族が経営しています。

1985年生まれの私とホアンヨン本店はほぼ同い年なんです。昔は今よりずっと店舗も小さくて、店内の裏手に置いた簡易ベッドに赤ちゃんの私を寝かせて、両親が働きながら面倒を見てくれたそうです。小さい頃は同じ都営アパートに祖父母も住んでいたので、祖父母と両親のもとをよく行き来していました。

両親も祖父母も中国で生まれ育っているので、私も成長していく過程で中国語が自然に話せるようになりました。といっても会話だけで、読み書きは全然ダメですが(笑)。

――後継ぎとしてのプレッシャーは子どもの頃からありましたか?

8歳上の兄がいたこともあって、自分にはまったく関係ない話だと思っていましたね。それよりは美容の世界にずっと興味があって。自分の容姿にコンプレックスがあったので、きれいになれたら人の目も変わるんじゃないか、自分にもっと自信を持てるようになるんじゃないか、とかそんなことをずっと考えていました。

一方で、子どもと接することも大好きだったので保育士にもなりたかった。美容の専門学校に通いながら、大学では幼児教育について学びました。

――では、卒業後は保育の道に?

いえ、卒業後は資生堂に入社しました。私はピアノもずっと落第ギリギリ、追試ばかりでようやく合格できたくらいだったので、「あんなに苦労して卒業したのに、なんで保育士にならないの!?」って周囲からは不思議がられましたね(笑)。

ただ、私としては、保育士は「いつかやろう」というお仕事だったので、まずは20代の若いうちに美容の世界に飛び込んでおきたかった。在学中に2つの美容学校に通っていたこと、それから中国語の他にも英語が話せたおかげで需要があったのかな、と。ちょうど当時は中国の方が日本の商品を積極的に買い出し始めた頃だったので。

資生堂、サロン勤務、保育士を経て家業に向き合う

――英語はどこで身につけたのでしょう。

高校の進路を決めるときに、母が「あなたは今、日本語と中国語が話せるけど、これからは英語が絶対に必要になる。勉強はできなくてもいいけど、英語は話せるようになっておきなさい」とアドバイスをくれたんですね。それで、インターナショナル系の高校に入学して、シカゴに留学もしました。

そういった経緯で資生堂の美容部員として勤め始めたのですが、今度はヘアメイクにも興味が湧いてきて。私、とにかく昔から好奇心旺盛で、なんでも自分でやってみないと気が済まないんですよ。そう思い立って資生堂を辞めて、ホテルに入っているサロンのヘアメイクさんのアシスタントとして働いた時期もありました。

――さまざまな業種に挑戦されていますが、社会人になってから、家業への思いにも変化はありましたか。

はい。社会人としても経験を積み重ねていくうちに、「やっぱり両親が守ってきたホアンヨンを大事にしていきたい」という気持ちがだんだんと自分の中に芽生えてきたんですね。ターニングポイントとなったのは3年前。私が今の幼稚園で働き始めて少ししてから、父ががんで大きな手術をしたときです。手術は成功したのですが、それまでずっと第一線で働いてきた父が「自分はもう若くない。そろそろ次の世代に譲ろう」と考えるきっかけになったようです。それで、入院中からお店のお金の管理や税理士さんとのやり取りを少しずつ私に引き継いでいって。

私自身もそこで初めて「本気で継がなきゃいけないんだ。生半可な気持ちじゃだめなんだ」と覚悟が決まりましたね。父や母のもとで少しずつ経営を学びながら、昨年にホアンヨンの代表になりました。今は私が本店、兄が他の複数の店舗の代表を務める形で、兄妹で経営しています。

ケンカだらけの葛藤だらけ、でも経営は楽しい

――ご両親のもとでどんな風に経営を学んでいるのでしょうか。

経営ってそばで見て学ぶことがすごく多いんです。というか実地でしか学べない部分がほとんど。普段の厨房やフロアのオペレーションから、スタッフ間のコミュニケーション、取材時の対応……そういったことを母が普段からどんな風に行っているのかを常にそばで観察して学んでいます。

たとえば、うちは客席が92席あるのですが、母はその全体の流れを隈なく見ているんですね。厨房やスタッフの動き、伝票の進行、お客さんの進み具合、そういった流れをすべて把握した上で、随時、料理や接客の指示を出している。今の私ではまだまだ到底及びません。

蒲田でもう30年以上営業してきているので、母を目当てに来られるお客さまも多いんですよ。臨月のときに来てくださった女性が、その後に「無事生まれました」とご報告を兼ねて来店してくださった姿を見て、「ああ、こんな風にお客さまとお付き合いしていくんだ」と母から学びましたね。

――とはいえ、毎日顔を突き合わせていると、親子ゲンカに発展することもあるのでは?

それはもうしょっちゅう(笑)。中国で育った母と日本で育った私とでは、年齢差だけじゃなくて文化のギャップもすごく感じますね。ただ、今の私ではこれ以上、店を広げられる自信がまったくないので、その自信のなさから反発してしまう部分もあるのかもしれません。毎日葛藤だらけですよ。

そうはいっても、店の経営は苦労が大きいぶん、楽しみも大きいんです。家族のように感じられるスタッフと一緒に働けて、愛してくださるお客さまもたくさんいらっしゃる。会社員のままだったら絶対に経験できない喜びなんだろうな、とも思います。

 

――保育士と飲食店経営、まったく異なる業種ですが、相互に影響を及ぼす部分もあるのでしょうか。

すごくありますよ。たとえば、私は幼稚園では「雇用される」側ですが、お店では「雇用する」側なんです。両方の視点を持っているぶん、どちらからも物事を捉えられるようになる。幼稚園の子どもたちや保護者の方々と接していく中で学ぶことも多いし、その学びをお店にもフィードバックしています。

目上の人にはどんな気遣いをすればいいのか、子どもにはどんな言葉を使えば伝わるのか、お客さまに気持ちよく感じていただくためにはどうすればいいのか。そういうことが全部ぐるぐる繋がっています。

――パラレルなキャリアを持っているからこそ、多角的な視点を持てるようになるんですね。

そうですね。資生堂やサロン時代に知り合った人とは今も繋がっていますし、留学や外国人の友人を通じて、いろいろな国の文化に触れられたことも財産になっていますね。まったくの異業種を並行して経験することって、すごく楽しいですよ。どちらかで失敗したり嫌なことがあったりしても、どちらかで気持ちをリセットできる面もあるので。最近は副業OKの企業も増えているそうですが、そういう働き方はメリットしかないと思います。

――山崎さんは、今年の6月にご結婚されたそうですが、結婚したことで働き方に変化はありましたか。

今のところまったく変化はないですね。むしろ公私共により充実してきたくらい。彼はデザイン関係の仕事をしているので、うちの家業とは無関係なんです。でも、母に言っても伝わらないことを旦那さんに愚痴って「そうかそうか~」って話を聞いてもらえるようになったのが意外と大きくて。そのおかげでスッキリしてまた翌日から気持ちよく働けるようになりましたね。仕事と子育ての両立は大変そうだけど、子どももいつかは欲しいです。

――ホアンヨンの看板を守りながら、これから挑戦していきたいことはありますか。

今のメニューを大切にしつつ、美容効果やヘルシーさに特化した新メニューも作ってみたいです。それから、フロアの一角を託児所にしたらどうだろうとも考えていて。中国人のスタッフがもっと働きやすくなるように、託児所やフリースクールも作ってみたい。もちろん回転率が落ちちゃうので、そこをどうカバーするかという問題があるんですが。お店のグッズやTシャツなんかも物販したいですね。

私、やりたいことは無限に出てくるんですよ。一日が24時間じゃ足りないくらいに、今人生がすごく楽しいですもん。

(取材・文:阿部花恵 編集:阿部綾奈/ノオト)

  • 山崎美紀さん

    取材協力:山崎美紀さん

    羽つき餃子発祥の地である東京・蒲田の「歓迎(ホアンヨン)本店」代表。現在はインターナショナルプリスクールの幼稚園教諭として勤務しながら、両親が創業した「歓迎」の二代目代表として経営を担当。

  • ライター:阿部花恵

    編集者・ライター。働き方、ジェンダー、セクシュアリティ、差別などを中心に執筆・編集を行う。編集担当の近著は『どうすれば幸せになれるか科学的に考えてみた』(石川善樹、吉田尚記/KADOKAWA)。

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