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「恋愛や人生のマニュアルはあてにならない」 ラブジャーナリスト・中村綾花さんが世界婚活で見つけた、自分に「OK」と言う生き方

結婚さえすれば幸せになれる――そんな思いで婚活を始めたものの、日本で結婚できずに海外へ。自らの活動を「世界婚活プロジェクト(以下、世界婚活)」と名付け、12カ国を旅して、フランス・パリで出会った男性と結婚した中村綾花さん。現在は第一子を育てながら、世界各国の恋愛や結婚事情を取材するラブジャーナリストとして、パリを拠点に活動しています。

「非モテ」のコンプレックスをバネに飛び出した海外で、中村さんはどんな思考を巡らせているのでしょうか? 日本社会の外側で発見した人生観についてお話を伺いました。

恋愛は生きるか死ぬかに関わることだった

――世界婚活を始めた当時、中村さんは30歳でした。それまで日本では、どんな生活を送っていたのでしょうか?

大学を卒業してテレビ制作会社で働いた後、WEBメディア「R25.jp」(当時)で編集アシスタントとして働いていました。同時にプライベートでは、男女が理解を深め合う「男の子の会」というトークイベントを主催していたんです。

このイベントをはじめたのは、仕事で同世代の男性について情報収集をしているなかで 「男と女の間にものすごい勘違いがある」と気づいたことがキッカケでした。男性は「女は収入の高い男じゃないと結婚してくれない」と思って女性に近づけないでいる。一方、女性は「なんで男性は積極的に来てくれないんだろう」と思い悩んでいる。

そんな様子を見ていて、「このままだと日本はやばい! このまま男女の考え方がこんがらがっている状況では、私自身にも結婚相手が見つかるわけがない」と。恋愛して結婚できる相手が増える日本になったらという思いもあって、男女が本音をぶつけ合える場を作ることにしたんです。

――そこまで恋愛や結婚に関心が強くなったのは、どういうきっかけがあったのですか?

モテないからです。基本的に片想いばかりで、恋愛中は仕事に支障が出るほど感情の起伏が激しくて。「告白したい、でも恐くてできない……」と悩み苦しんでいたら舌が痺れて倒れて、脳外科に行ったこともあるんですよ。私にとって、恋愛は生きるか死ぬかに関わることだったんです。

――モテないからって、恋愛から遠ざかることはなかったんですね。恋愛せずに、仕事や趣味に夢中になるという人も少なくないように感じるのですが。

そういうことができたら幸せだったのかなぁとは思います。私が本気で興味を持てることが恋愛しかなくて。孤独な気持ちをシェアできる、究極のものが恋愛だったんですよね。

――孤独をシェアできる拠り所を恋愛に求めていて、自ずと結婚願望が生まれたのでしょうか?

結婚願望は当初そんなにありませんでした。30歳手前くらいですかね。ちょうどその時、妹や周囲の人が結婚した時期だったんです。私としては「まだ30」でも、田舎の親の感覚だと「もう30」。それで「結婚しないといけない。結婚すれば幸せになれる」と思い込んじゃったんです。

――結婚によって幸せになった人が周囲にいた、と?

私にとっては、妹の結婚が大きかったですね。妹は学生時代に付き合った人と結婚して、家庭を持って、夫婦という名のシェルターを作って、社会の荒波から守られているように見えたんです。でも、独身の私はシェルターなしのむき出しのまま、東京砂漠にさらされている。それで「私もシェルターがほしい、結婚したい」と思うようになりました。

「何でも一緒」という日本での生きづらさ

――そこから日本で婚活をはじめ、うまく行かずに婚活疲れになってしまった、と。海外に出ようと思ったきっかけは?

仕事の飲み会で「婚活が全然うまくいかなくて……」と先輩に相談していた時に「海外で婚活すればいいじゃん!」とポロッと言われたのがきっかけです。R25編集部に入る前、1年間アメリカに遊学していて、その時にはナンパされた経験があると話していたら「じゃあ海外に出てみれば?」と。

そしたら私も本気で考え始めちゃって、「行きたいけれど仕事があるし……」と悩んでいたら、まさかの契約切れで、ちょうど仕事がなくなったんです。これはもう行くしかない、と思い立ちました。

――すごいタイミングですね。当時、海外に行くことを反対する人は周りにいなかったんですか?

そうですね。私、やりたいと思ったことは絶対実行しないと気が済まないタイプなんですよ。それ以外はどうでもいいんですけどね。こういう考え方なのは、田舎で育ったというのが大きいのかも。田んぼしかない田舎にいて、テレビが唯一素敵なものに見えたんですよね。広い世界を教えてくれる、キラキラしたものに見えた。それで、将来テレビの仕事をしたいと強く思うようになったくらいですし。逆に東京で育っていたら、こういうハングリー精神は生まれなかったかもしれないです。

――外国に行くと、言葉も宗教も価値観も全部違うじゃないですか。そこに恐怖心はなかったんですか?

逆に「なんでも一緒じゃなきゃダメ」っていう日本の空気の方が生きづらかったんです。アメリカの語学学校に行った時に、授業を受けていて感じたのが「自分の思いをそのまま発言していい」ということでした。たとえ間違えていても、発言することに意味があるわけです。

これがきっかけで、自分自身を肯定された気がして楽になりましたね。外にこんな世界があるって解き放たれた快感があったので、海外に行くことに抵抗はなかったです。

ただ、世界婚活なんてとんでもないことをしてうまくいかなかったらどうしようという不安はもちろんありましたよ。でもまぁ、だめだったら実家にでも戻って、選ばなければなにかしら仕事もあって飢え死にすることはないだろうと、自分を励ましていました。

お金があるから幸せというわけじゃない

――世界婚活のスタートはヨーロッパからですよね。同時に、ラブジャーナリストとして、各国を巡りながら恋愛や結婚事情の取材もたくさんされていましたが、どういう出会いがありましたか?

はい、ヨーロッパ方面は恋愛が盛んそうだなっていう勝手なイメージがあって(笑)。イギリス、イタリア、スペイン、フランス……と周りました。なかでもやはり、パリでの出会いは特別でしたね。

ラテンっぽい動きをする陽気な日本人のおじさんとか、毛皮のコートを着こなしながらカジュアルに話すマダムとか、パリ在住の日本人だけでも、これまで見たこともない面白い人たちがたくさんいました。毎日が発見だらけで、とにかく時間が足りなかった。自分のキャラクターをアクセル全開にして生きている人たちと出会って、こんな風に生きていいんだなぁって感動したんです。

――世界婚活期間中、ラブジャーナリストとして、何人ぐらいに取材しているのですか?

100人以上はいますね。道端や図書館で出会った人、現地の飲み会などで話を聞いたりしているので、もっと多いかもしれません。当時はmixiのパリコミュニティから声をかけてインタビュイーを探すこともありました。ラブジャーナリストを名乗ってから8年ほど経ちますが、私にとって恋愛の話を聞いて発信することはずっとライフワークだったんですね。

――恋愛への関心が人一倍高い中村さんだからこそできる仕事ですよね。

でも正直、そんなにお金にはならないですよ。パリに移住してライターとして仕事をはじめたばかりのころは、アルバイトしながら活動していました。パリの日本食レストランで皿洗いしたり、ジャパンエキスポのスタッフとして働いたり。執筆業も、なんとか知人のつてを頼って仕事をもらっていました。

ようやく最近は、恋愛系の記事が書けるライターとして、認識していただいていると感じます。でも子どもが生まれてから、なかなか取材にも行けなくなりつつあるので、とにかくやれることを一所懸命探して続けています。だから、日本にいる家族はちゃんと生活できているのかと心配しているみたいですね。でも、最近は「貧乏なのに幸せそうだね」と思ってくれています。

――お話を伺っていても、中村さんが求めている幸せは、お金ではないんだなと感じます。

たまに東京に戻ってくると、お金を出すとそれだけの価値があるものが返ってくることを思い出します。パリでは、お金よりもいかに自分の時間を確保してゆったり過ごすかどうか、なので。お金があるといろいろなものが手に入りますけど、やっぱり私が満たされるのはお金で得られるものではないんですよね。だから貯金はある程度でいいし、お金があるから幸せというわけじゃないっていうことが、パリに住んでみてわかりました。

――ラブジャーナリストとしての活動の中では、日本と海外の違いはどこにあると思いましたか?

日本で職業を聞かれて、「ラブジャーナリストです」と答えるとわりと引かれますが(苦笑)、海外、特にフランスだと面白がってくれるケースが多いですね。みんな愛について信条があると言いますか。路上で通りすがった人にインタビューしても、まるで詩人や哲学者みたいな答えが返ってくることがあるんですよ。自分の頭で考えて答えてくれているなって感じます。

日本人は、自分で考えるよりも空気を読むことが最優先になってしまっているのかもしれません。もっと自分自身の声を発信するようにしたらいいのにな、と思います。

自分自身に「OK」と言うこと

――なかなか真似できない破天荒なキャリアを築かれていますが、ご自身で振り返ってみてどのように感じますか?

自分自身に「OK」と言うこと

子どもを産んで、子育ての真っ最中でいろいろ考えるんですけど、何をするにもマニュアルって全然あてにならないんですよね。生まれた時点で人はこんなにも違うんだから、誰かを目指したり、参考にしたりしても、結局、良くも悪くも自分なりのものにしかならないんです。たまたま私はこうなったけど、人それぞれのキャリアの積み方や生き方があると、実体験によって腹落ちしました。私が自分らしい生き方を見つけられたと思うのは、ここ数年くらいなもの。そしてようやく、納得できるようになってきた、というだけなんですよ。

――最近、ようやく日本でもパラレルキャリアとしてさまざまな働き方を実践している人が増えてきました。ただ、まだまだやりたいことに踏み出せない人が大多数じゃないかと思います。そういう人にアドバイスをいただけますか?

どんな働き方が自分に合っているのか見極めるのが大事ですよね。でもそうなると、今度はロールモデルがいないことから不安が生まれます。特にフランスに来てからは、何もかも自分で決めなきゃいけないという怖さがありました。着る服にしろ、食べ物にしろ、週末の過ごし方にしろ。「これでいいんだっけ?」という宙ぶらりんの感覚を味わうことも多いですよ。誰も私に対してOKだと言ってくれませんから。

日本だと、「就職、OK! 結婚、OK!」と世間的にクリアすれば「OK」な王道モデルがまだ存在すると思います。でも、 フランスだと自分自身で「OK」と言わなければいけない。最初は不安でしたが、2年3年と繰り返すうちに、だんだん「うん、これが今の自分にできることだ。OK!」と言えるようになってきました。ひたすら訓練ですね。

でも、今回3年ぶりに日本に帰ってきていろいろな人と話したのですが、結構自分勝手に生きている人が増えたような気がします。特に東京はパリ化していますね(笑)。

――中村さんご自身はこれから、何を第一にしていこうと考えていますか?

何より子どもを元気に育てたいですね。ラブジャーナリストの活動って対個人とのコミュニケーションなのですが、子どもが生まれたことによって、これからはもっとフランスの社会システムときちんと向き合っていく機会が増えてくるな、と。

子どもを通して、フランスの社会構造がより鮮明に見えてくると思うので、そのあたりのフランスと日本との違いを知って考えたことを発信していきたいですね。女として母としてのチャンネルが増えてきたので、仕事の幅を広げていきたいと思います。

(取材・文:阿部綾奈 編集:宮脇淳/ノオト)

  • 中村綾花さん

    取材協力:中村綾花さん

    ラブジャーナリスト/ライター。1980年生まれ。福岡県出身。2010年、「世界婚活」プロジェクトを始動。世界各国の恋愛や結婚事情を取材しながら自身の婚活を行い、2012年晴れてフランス人と結婚。現在はパリにてLOVEを調査&発信中。

  • ライター:阿部綾奈

    有限会社ノオトの編集者・ライター。ミレニアル世代向けのカルチャー・ビジネスメディアのディレクションを主に担当。

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