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「このミス」大賞受賞の小説家・八木圭一さんが兼業作家を続ける本当の理由

小説家と言えば、専業で、家や別荘にこもり作品をひたすら書く仕事……と思いきや、ミステリー作家の八木圭一さんは、IT企業でUXライターとして働きながら小説を書く兼業作家です。小説家デビューは2013年。第12回宝島社「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した作品『一千兆円の身代金』は、2015年秋にフジテレビでドラマ化もされました。

今年5月に『手がかりは一皿の中に』(集英社文庫)を発表し、即重版。9月には『北海道オーロラ町の事件簿 町おこし探偵の奮闘』(宝島文庫)を刊行予定。来年も複数作品を刊行するそうです。コンスタントに作品を発表し続けながらも、会社員として働き続けるのはなぜなのでしょうか。

過去の経験はすべて今につながる

――現在はIT企業に勤務されているとのことですが、ずっとこちらの会社で働いていたのでしょうか。

いいえ、雑誌やフリーマガジンなどの編集者をした後、コピーライターをしていました。前職は文芸専門のデザイン会社で、新聞広告などを作るコピーライターとして働いていたんです。

――じゃあ、本を売る側の事情についても詳しいのですね。それは、将来作家になったときのことを想定してやっていた仕事なのでしょうか?

それが、ネットで見つけたレア求人で、偶然の出会いでした。文学新人賞を取った際、働いていた会社は副業ができる雰囲気ではなかったんです。小説の勉強不足のままデビューしたこともあり、文芸ライターは最適な環境だと思って選びまして、約二年半多くのことを学ぶことができました。

ただ、出版不況とも言われる時代、スマホの普及が進んで人々の生活が劇的に変化していく中で、作家として生き残る上でも、ネットにどう適合するかが鍵になると考えました。そこで作家という経歴や過去の職務経験を生かしつつ将来につながる仕事で、今まで関わらなかった人たちに出会える職場を探して、いまのIT会社にたどり着きました。

――今までとかなり違う環境だと、また仕事を1から積み重ねたりと最初は大変そうですね。

いえ、むしろ今まで以上に自分のペースで仕事ができるようになったので、やりたい方向に進めたと思っています。今までの仕事とあまり関連がないように見えるかもしれませんが、過去の仕事は作品を作る上でもいい経験ばかりです。自分がリスペクトするスティーブ・ジョブズが、伝説のスピーチで「点と点をつなげる」という話をしています。私の経験も、点と点に見えても、ちゃんとつながるように、次へ活かすようにと心がけています。

例えば、雑誌編集の仕事では、読者ニーズを探る企画力を養うことができましたし、堅いテーマの記事を読者に読んでもらうためのノウハウなども学べました。作家として、社会課題を作品のテーマに据えることが多いのですが、それらを読者に楽しんでもらうための工夫に役立てています。

――まさに、「点と点」をつなげて、ここまで来られたのですね。

転職や、人との出会いについて、とても運に恵まれているなと感じますが、「引き」とか「直観」も大事にしています。たまたま検索して見つけたことなど、出会いに対する直観が今の会社や環境につながっていると感じます。

自由に働ける制度の中で、執筆のための環境を整備

――5月に『手がかりは一皿の中に』を出版されたばかりですが(2018年8月現在)、年間どれくらいのペースで小説を書こうといった目標はあるのでしょうか。

なかなか大変ですが、年に2~3冊が理想ペースだと思っています。おかげさまで『手がかりは一皿の中に』はすぐに重版して、シリーズ化が決まったので、これからは書くペースも変わってくるかなと。シリーズものは、キャラクターや設定など、ある程度ベースができているので、執筆ペースが上がるはずと見込んでいます。デビューから数年経って、テーマ選びからペースまで、少しずつ自分の思い通りに進められるようになってきました。

――単行本1冊だと原稿用紙400~500枚くらいでしょうか。3冊だと、最大1500枚……。この枚数を、会社に勤めながらいつ書かれているのですか?

主に休日と、平日の朝と夜ですね。今の会社は裁量労働制で、コアタイムは10時から15時。月間の労働時間が決まっていて、残業は全社的に抑制方針です。有給も取りやすいですし、リモートワークも一定数認められています。

もちろん、業務をきちんとこなしてパフォーマンスを発揮しなければ評価されませんが、それでも自由にスケジューリングや采配ができるのは、ありがたい環境です。

――羨ましいくらいのホワイト企業ですね!

転職活動しているときに、この制度を知ったのが、入社の決め手の一つでした。あとは、朝昼夜と社食があって、サラダが食べられるところもポイントでしたね(笑)。

――社食が朝から用意されているのですか? ますます羨ましい!

私が十勝出身ということもあり、新鮮なおいしい食材で育ったせいか、野菜ソムリエの資格を取ったり、グルメミステリーを描いたりするほど、食いしん坊でして(笑)。多忙なスケジュールの中で、食生活に不安があるので、健康のために新鮮な野菜をたくさん摂りたいなと。

この環境を生かすために、転職を機に会社の近くに引越したんです。退社後、社食でご飯を食べて、すぐに執筆に入れるよう環境を整えました。働き方改革を進めながら生産性を高めて、執筆スピードを上げていきたいですね。

自分に必要だから……兼業を続ける理由

――会社の近くに住んで、時間を作って……と執筆のための環境をかなり整えているなと感じたのですが、専業ではなくあえて兼業を続けているのはなぜですか?

初めは、「小説を書いたら? お前は向いてそうだ」とアドバイスをくれた友人が、「兼業で続けた方が絶対いい」と言ってくれたのが大きいですね。

実際、サラリーマン生活では、組織の一員ならではの葛藤やさまざまな人との出会いなど、得られるものが大きい。自分の場合は性格的に、専業になるとアウトプットばかりになってペースを崩し、消耗してしまいそうだなと感じます。

特にこの会社は、今まで経験したことがない業種。一緒に働いたことがないタイプのエンジニア、ウェブデザイナーも多くて、一度取材するだけでは得られない貴重な機会が毎日あります。彼らがさらに社会に変革をもたらし、これからの世の中で主役になっていくと思うのです。

――今まで書かれてきた小説は、社会問題をテーマにしたものが多いですよね。そういった面でも会社での経験は役に立っていますか?

大学で専攻した財政や地方の過疎化など、社会問題を中心に、関心のある分野をモチーフに描いています。今の会社はありがたいことに社会課題にも正面から取り組んでいるので、会社絡みのボランティアで地方に行くことがあったり、そのイベントを通していろいろな出会いがあったりするところも大きなメリットです。

――八木さんにとって、兼業はメリットがかなり大きいんですね。

そうですね。最近、1951年に『英語屋さん』(集英社)という作品で直木賞をとった作家、源氏鶏太さんの本が復刻されることになり、兼業作家として書評を依頼されて書きました。源氏さんは財閥系企業に勤めながら、当時珍しかった〝お仕事小説〟を描いたサラリーマン作家の走りと言われています。時代を超える素晴らしいストーリーですが、会社員だからこその距離感、リアリティが作品の中に溢れていました。現代のベストセラー作家、池井戸潤さんも長らくサラリーマンをされていたそうです。

改めて感じますが、サラリーマンでいることで、読者のボリュームゾーンであるサラリーマンの感覚を持ち続けられるという強みがあります。今後、国として働き方改革を進める中で、副業するサラリーマンも必ず増えていくはずで、それも題材になる。自分がお仕事小説を好きで、今後も描きたいというのもありますし、30代の自分には、まだ社会勉強が必要だと痛感することも大きいです。

作家にはものすごい才能で新しい世界を創造していくタイプもいますが、自分は読者のニーズを探りながら地道に書くタイプだと感じます。元編集者として、コピーライターとして、書きたいものと読者が求めているものをクロスさせたクリエイティブを作り出していきたい。そういう思考性も、今までの経験があるからこその強みだと信じています。

――忙しい毎日の中で、モチベーションを保つために何かされていますか。

自分が未熟であると自覚することでしょうか……。デビュー作の選考で委員のお1人から忌憚ない意見をいただいたんです。「作品の中に人生に長けた大人が出てこない」と。これは図星で、自分が成長しないと、そういった人物を描くことができない。そのためにも、今の兼業という環境で人間力を磨き、人生経験を積むことは大切だと痛感するのです。自分は出会いに恵まれた人生を歩んできたので、作品を通じて成長を表現できたら、みなさんに恩返しできたらと、強く感じます。

(取材・文:ミノシマタカコ 編集:阿部綾奈/ノオト)

  • 八木圭一さん

    取材協力:八木圭一さん

    北海道十勝出身、東京都在住。横浜国立大学経済学部国際経済学科卒業。現在は、小説家兼UXライターとしてIT企業に勤務する。著書は『一千兆円の身代金』(宝島社)、『警察庁最重要案件指定 靖國爆破を阻止せよ』( 宝島社)、『手がかりは一皿の中に』( 集英社)など。

  • ライター:ミノシマタカコ

    WEB企画・ディレクション・運営業務等を経験し、2012年より自営業に。現在は主にライター/WEB編集として活動中。狛犬愛好家。